ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

雪が降った日

「雪じゃん…」

北海道の左上も、冬本番です。

ちらついては溶けていた雪が、道路をまっしろに染めました。こうなるとなかなか溶けないでしょう。長く厳しい冬の始まりです。

 

日がな一日、ごうごうびゅうびゅうと風の音がして、でも雪の降りはじめは、すこし気温が高めです。油断して部屋着にジャケット1枚でゴミ出しにでても、身体の芯まで冷やされることはありません。ただ手袋もつけない肌色の部分が冷たい風にさらされて、あっという間に赤く痺れました。

 

「シーズン最初の雪道は緊張する」

誰かが、車のフロントガラス越しに撮影した坂道の写真をSNSにあげていました。たしかにわたしも速度をグッと落として、停車するかなり手前からブレーキを踏むようにします。そして交差点やら坂を下りきったところの「とまれ」看板やらを見て、そうだこの道は滑りやすいんだったと半年前までの感覚を思い出すのです。

 

「ついにこの季節が来ましたよ」

自宅に工事の業者さんが来ました。チャイムがなって玄関扉を開けると、彼の肩越しに地面と平行になって降る雪が見えます。

「お天気大変でしたね」

わたしが言うと、彼はあからさまに肩を落としました。その気持ちは、ここに暮らす誰もがおなじです。

 

道ゆく人がアウトドア用の色鮮やかなアウターを着て、チャックを首元までしっかり上げフードを目深にかぶりうつむきながら歩いています。このまちで冬のおしゃれなんてあってないようなもの。オフホワイトのコートよりレザーのブーツより、アウトドアメーカーが販売する防寒に長けたアウターが脚光を浴びるのです。

 

北海道の左上も、冬本番です。

大丈夫じゃない

「どうしてる?大丈夫?」

最近、大丈夫じゃありません。大丈夫じゃないので大丈夫じゃないなりに怠惰な生活をしています。仕事は必要最低限、食事も必要最低限、家事も身だしなみも必要最低限。完全にすべてを手放せないのは、手放せないようになっているからです。

 

「ほら、あいちゃんも飲みなよ」

必要最低限のバイト先で、お酒を勧められます。マスターまで勧めてくれるのでお言葉に甘えて着席。居酒屋のカウンターでは大丈夫も大丈夫じゃないも関係ありません。ただちょっと早めに切りあげて、缶ビールを1本だけ買ってちびちび飲みながら1人きりで帰ります。

 

「そう思えるうちは大丈夫!」

わたしの鬱々とした様子を案じた先輩からのメッセージ。大丈夫じゃないっていってるんだから大丈夫じゃないんです。でもメッセージそのものが嬉しくてちょっと強がって見せると、前向きな言葉。だから、大丈夫じゃないんだって。今度ごはんに行く約束をさせていただきました。

 

「夜遅かったの?大丈夫?」

友だちのメッセージ。先日2人で出かけたときに「大丈夫じゃないかもしれない」とわたしがうちあけて以来、たびたびメッセージをくれます。彼女だって忙しいだろうにと「そっちこそ大丈夫?」ときけば、ありがとう、ありがとうと応酬。お互いにもたれかかっているようです。どちらかがその役割を放棄したら、どうなってしまうのでしょう。

 

「どうしてる?大丈夫?」

極めつけは、母からのメッセージ。昨夜21:00頃にきたメッセージに既読をつけずにいたら、翌日12:00頃に電話がかかってきました。さすがに半日足らずでの安否確認は過保護すぎ…けれどこうして、いろいろな人に気にかけてもらっていることを実感します。

 

しかし、どうにも、それらが「大丈夫」の理由にはなりきれません。わたしはいま、大丈夫じゃないのです。ただ完全にすべてを手放せないのは、手放せないように気にかけてくれる人たちがいるからです。

なにやってるんだろう

今年が終わった。

今年1番の山場を越えました。ほんとに山場で、ブログをずいぶんとお休みしてしまいました。優先順位をつけて「やらなくても死なないもの」からやらないことにしました。残ったのは、仕事と寝ることだけ。そのほかは「やらなければならないこと」に費やしました。

 

今年の3月に仕事を辞めて、フリーランスになって、仕事があったりなかったりを試行錯誤しながら、資格の勉強をしていました。その試験が11月のあたまにあり、試験が終わった翌週に引っ越しをしました。今年1番の山場でした。

 

山場を越えたとたんに、わたしは2022年をふりかえりました。ここに生きて立つために、今年1年をがむしゃらにやってきたのです。でも思ったのは

「なにやってるんだろう」

 

資格に受かっているか自信がありません。頑張ったけれど、手応えが感じられません。合格発表は来月半ば。

仕事が安定しません。先月はよくて、よしよしこの調子だと思っていたら年末の業務見直し時期なのか大口の仕事の業務形態が変わりました。しかも2本。金銭的な不安がぶり返します。

夏が終わりました。毎日仕事をしていた思い出です。もっと楽しめたんじゃないか。27歳の夏ってもっと楽しかったんじゃないかと疑ってしまいます。

映画を観たいです。年100本の映画を観ようと思っているのに、今年は30本に満たない鑑賞歴。このまま、1年が終わります。

試験勉強と仕事に明け暮れた2ヶ月間、友人らとまったく会っていません。ひさしぶりに顔をあわせた友だちはどこかそっけない態度。え、わたし何かした?知らないうちにできた溝は、埋め方もわかりません。

 

そんなこんなで、さまざまなことを犠牲にして走り抜けた結果、なんともいえない虚無感に襲われています。わたしはこのがらんどうな気持ちを抱きしめるために1年間を頑張ってきたのでしょうか。この1年はなんのためにあったのでしょう。

なにやってるんだろう。

前髪チキンレース

わたしは、8年来の付き合いになる美容師さんと勝負をしています。

初めて椅子に腰掛けて、鏡越しに彼女の目を見たのは大学生のとき。当時のわたしはやりたいこともやれることもわからなくて、ただ好奇心だけに誘われてどこへでも行く学生でした。旅先で思い立って入った美容室の美容師さんが大変上手で、しかしそこは当時暮らしていた札幌から車で3時間かかる距離だったので、紹介していただいた美容室で出会ったのが彼女でした。ワンフロアに1店舗しかない小さな雑居ビルの3階、少し重たい押し扉を開けるときは昔も今もちょっとどきどきします。

 

「あいちゃん、最近すごくキリッとしてる」

8年来の付き合いですから、変わることもあります。大学生、新社会人、そして最近 新しいことを始めたわたしを、彼女は「自分によく似ている」と言って応援してくれます。なんだか気恥ずかしいような誇らしいような、むず痒い気持ちがしました。話の最中にも、わたしの伸びすぎた髪が彼女の軽快な手捌きによって切り落とされていきます。

 

「前髪は眉が出ないように…だね?」

あらかた長さが切りそろえられたとき。ここからが勝負です。猫の額ほどしかないわたしの額では、前髪の長さが顔全体の印象を左右します。毎回、慎重すぎるくらい慎重に前髪の長さをオーダーしますが、あんなに腕のよい美容師さんが一体全体なぜなのか、想定より2〜3センチ短く切り落とすのです。前髪の2〜3センチは命とり。短くしないでほしいわたしと、どうしても短く切り落とす美容師さん。それをわたしは、前髪チキンレースとよんでいます。果たして、ギリギリを攻めるのはどちらか。そして毎回、負けています。

 

わたしは、8年来の付き合いになる美容師さんと勝負をしています。果たして、わたしが彼女に勝てる日は来るのでしょうか。

負け戦

「あいちゃん、試験に落ちたことある?」

もう8年近くのつきあいになる美容師さんが言いました。そういえばわたしは、試験らしい試験に落ちたことがありません。いえ、落ちそうだと思った試験は早々に受けない選択をしてきました。ただただ、負け戦から逃げてきたのです。

 

3週間くらい、ブログの更新をお休みしていました。2日に1回の更新を始めて依頼、こんなに長いお休みは初めてです。何が起こっていたかというと、国家資格の試験を受けていました。さすが国家試験、半年間の講座の受講と筆記論述実技のコンボに、精神的にも脳みそ的にもヤられていました。そして半年間の苦悩から、一昨日解放されました。

 

筆記論述試験は先週に済ませていて、回答もすでに発表されています。しかしわたしは、どうにも答え合わせができずにいました。

不正解が正解を上回っていたらどうしよう。

みんな合格点に届いたと言っているのに、わたし1人取り残されていたらどうしよう。

半年間の苦労が、無駄だとわかってしまったらどうしよう。

 

そんな胸のうちを、髪を切ってもらいながら話しました。すると美容師さんはあっけらかんとしています。

「わたし、美容師の試験に3回落ちていてね」

美容室さんの顔は晴々としていました。それは、もうすでに終えたことだから笑い話にできるのかもしれません。でもたしかに、わたしはいつも負け戦とわかった戦いから逃げてきました。大学受験も就職試験も、実力以上の挑戦を避けてきました。だって、わたしの努力が無駄だとわかってしまったら、わたしはどうしていいかわかりません。不合格という事実に、必死で積み重ねてきた努力を否定されることが、何よりも恐ろしかったのです。

 

「落ちてもだいじょーぶ!」

そう言って、美容師さんはわたしの前髪をジャキンと切り落としました。

プロ

「プロって、どこからがプロなんだろうね」

最近、プロの方にお話を伺う仕事をしています。家電のプロ、カメラのプロ、寝具のプロ。物事を極めた方のお話は興味深く、お話しくださる姿は堂々としてかっこよいものです。わたしにとって彼らは“プロ”以外の何者でもなく、彼らにお話を伺うわたしは、どうしたって貧乏暇なしな駆け出しライターでした。

 

「プロっていうくくりを、もっと細分化してほしいと思ってる」

取材の最中に、プロのその人は言いました。

「プロっていっても、表現したいものを表現するプロもいれば、お客様の要望をカタチにするプロもいる。理想を追うプロもいれば、知名度を求めるプロもいる。高収入のプロもいれば、低収入のプロもいる。プロって、どこからがプロなんだろうね」

その問いかけに、わたしは答えられませんでした。だって、プロのその人が問うた最適な解答を、駆け出しのわたしが用意できる気がしませんでした。

 

「そんなのプロじゃないよ」

いつか、前職の先輩が言いました。先輩いわく、その人の持っているものでお金を稼いでこそ、その人はその道のプロだとのこと。

「学校に通ったわけでも、資格をもっているわけでもない僕らは果たしてプロなんだろうか」

先輩は言いました。

 

わたしは2人ともプロだと思います。プロだからこそ、プロの意味を問うのだと思います。だって駆け出しのわたしは、もし「プロ」なんて言われたら嬉しくて舞い上がって、次の日から少し上を向いて、肩で風をきって歩くでしょう。

「プロっていう言葉に、責任を感じるんだよね」

プロのその人は言いました。

 

わたしがその責任を感じられるときは、来るのでしょうか。プロという肩書きに驕ることなく、プロたるゆえんを自他ともに認められる、そんな人間になれるでしょうか。いつか、どうしたってそうなりたいと思います。そう思う時点で、わたしもプロの駆け出しにいるのでしょうか。

だからわたしは恋人ができない

朝起きた瞬間から、もうダメだと思いました。

すべてが無駄で、もうこれ以上頑張っても、未来は何ら明るいはずがないと思いました。どこかのなにかで、朝起きてすぐの感情が絶望であればそれは鬱だと読んだ記憶があります。ならばもう、朝目覚めて布団から身体を起こして、3歩歩いてうずくまってしまったわたしは鬱です。そういう名前がつかなければやりきれないほど「ダメ」な朝でした。

 

その朝から3日経ったいま思うと、わたしは鬱でもなんでもない、完全にホルモンバランスの乱れの最中にあったと思います。翌日は日曜だというのに朝6時から起き出して筋トレをして用事を済ませ仕事に勤しんだのですから、その症状が鬱であってはたまったもんじゃありません。ホルモンバランスの乱れによる情緒不安定。生理前にはよくあること。わたしはいつか、生理に殺されるのだと思います。

 

しかし絶望の最中にある当の本人には、その感情がどこから湧き上がってくるものなのか皆目見当もつきません。ただただ絶望にすっぽりくるまれながら、声を上げれば嗚咽になる涙を流し、じっと身体を小さくしました。これはいけない、どうにかしなければならない。どこかで警鐘が鳴らされます。どうにかしなければならないけれど、どうすればよいというのでしょう。友だちに話を聞いてもらう?家族を頼る?恋人に連絡をする?そのどれも、正解ではないように思いました。特に3つ目、恋人なんていまのわたしには手立てすらありません。でもここで、可能性のある人に可能性のある連絡をすれば、何かが始まるだろうことは絶望の最中にいるわたしでもわかりました。ただ過去のメッセージを見返して、どうしよう、いやでもと繰り返すだけで、太陽はすっかり上り、沈んでいきました。わたしは考えあぐねて眠り、目が覚めてもふかふかの布団を目深に引き上げて目を瞑ることを繰り返しているうちに朝を迎えました。

 

翌朝。

すっかり気を持ちなおしたわたしは昨日の自分をふりかえって、だからわたしは恋人ができないのだとしみじみ思ったものでした。