ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

文章

「やめてしまいなさい」

母は、強い口調で言いました。

小学4年生でブームのピークを迎えた交換ノート。流行りとは、トラブルを連れてやってきます。メンバーに誘われていないとか、あっちの交換ノートで陰口を書かれたとか、絶対秘密の内容を口外したとか。わたしも例外ではなくトラブルに巻き込まれ、泣きながら帰宅すると、母はピシャンと言いました。

 

母は、洞察力が高く円滑な人間関係を築くのが上手いひとでした。それは、共働きの両親のもと三姉妹の長女として生まれ、田舎から地方都市にでて働き、結婚して二児を出産するという経験によって培われたものでしょう。ですから母にしてみれば、たった人生十数年の少女が、学校という限られた環境下において心を痛めてしくしくと涙を流す姿に、やりきれない思いだったのだと思います。

「こう言えばいいでしょう」

「こうすればいいでしょう」

母のアドバイスはいつでも的確で、その通りにすることが現状を打破する唯一の手立てでした。

けれどわたしは、このときばかりは、母のアドバイスに頷けませんでした。

 

交換ノートトラブルに巻き込まれたわたしに、母は、そんなに面倒なことばかりが起こるならやめてしまいなさいと言いました。もちろん、その通り。複数人で複数冊の秘密のノートをやりとりするなんて面倒。トラブルのもと。最も的確な回避法は、やめてしまうこと。

けれどわたしは、素直にうんと言えませんでした。わたしは「交換ノート」というツールを愛していたのです。

 

同世代が書いた文章を読めること。

感情を文章で共有すること。

わたしの文章を読んでもらえること。

 

小学4年生の少女が文章に触れる機会は、「交換ノート」にしかなかったのです。だから、どんなトラブルに巻き込まれてどんなに涙を流しても、筆を置きたくありませんでした。

 

安心して、小学4年生のわたし。

もう少ししたら、もっと気軽にもっと楽しく、文章に関わることができるから。