ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

くつおと

ごうごう

春先の、まだ強い風。一本向こうは明るく大きな通りで、車のエンジン音がします。

「じゃあ、また」

「きょうはありがとう」

「またね」「またね」

口々にいう声はどれも上機嫌で、自分の番を待たずあちこちから響きます。

「おやすみ」

「おやすみ」

その声も遠くなるほど歩いてくると、夜の帰り道、わたしが一人。

カツカツカツカツ

靴音が夜の住宅街に反響して高らかに鳴ります。そういえば、わたしの靴音は他の人に比べてたいそう高いのです。仮に同じヒールを履いて、わたしを含め5人が道の向こうからやってきても、わたしの靴音が最も響くであろう自信があります。 舗装されたアスファルトも、綺麗に磨かれた廊下も、同じようにカツカツカツカツ。それはもはや、身体に染みついたクセでした。

 

小学生のころ、お姉さんが履くヒールのついた靴に憧れました。スラリと細く美しいフォルムの靴が光沢をはなって、お姉さんの歩みに合わせ、カツカツと高らかに鳴ります。幼いわたしは、お姉さんの足元で存在感を放つヒールの靴がどうにも羨ましく、ローファーや夏用の厚底サンダルなど、少しでも踵が高いつくりの靴を選びました。そして、ろくに鳴らない靴底をしっかり地面に打ち付けて、カツカツと音をさせて歩きました。

 

10年後。大人になって、しっかりとヒールのついた靴を履いています。もちろん、カツカツと高らかに鳴るヒール。しかもわたしの靴音は、大勢が行き交う街中でも、電車が出入りする駅のホームでも、一際高らかです。それはきっと、小学生の頃から演出していた「ヒールのついた靴の歩き方」が、実際にヒールを履いているいまでも、抜け切らないのだろうと思います。

 

カツカツカツカツ

大袈裟になる靴音。夜に沈んだ住宅街では、ちょっぴり恥ずかしい気持ちもするけれど、胸を張ってまっすぐ歩きます。姿勢を正して歩く靴音は、さらに高く鳴るのでした。