ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

マスターの映画

「子どものときに見たきりだけど、大好きな映画でさ」

マスターが、カウンターの向こうで言います。身体を斜めにして、右手にはタバコ、左手にはハイボール。顔は目の前の焼き台からのぼる煙でちょっぴりけむっていて、しゃがれた声だけがすっきりと耳に届きました。

「映画って見ないけど、これだけははっきり覚えてるんだよね」

 

映画が好きで、人にも「1番好きな映画」を尋ねます。

よく行く焼鳥屋のマスターは40代後半。暖簾をくぐると「おっ、ひとり?」なんて声をかけてくれるので、「ただいま」と返しそうになります。わたしが唯一、1人飲みできるお店です。いえ、1人飲みしているというより、マスターと飲んでいるのです。

 

そのマスターが好きな映画。TSUTAYAさんで借りてきて、プレーヤーにセットしました。1人暮らしの部屋で、1人きりであける缶ビールのプルタブがパシッと高い音をあげます。

夏の日、アメリカの田舎町。お宝を探して、仲間とともに出かける少年たち。アクションあり、淡い恋ありの冒険物語は、泥に汚れた少年たちの眩しい笑顔で終わります。

そのころ、1人暮らしの部屋には、缶ビールの空き缶が3つ。

 

「あんまり面白くなかったよ」

わたしが言うと、マスターはカラカラと笑いました。まるで、映画のなかの彼らのように。そうか、と1人納得。あの映画は、マスターの思い出であり、憧れであり、少年時代なのです。わたしがそれを垣間見て評価しようなんて、なんともおこがましい話です。

 

今週の金曜ロードショーは「グーニーズ」。いままさに少年時代にいる子どもたちと、少年時代の記憶が彼らとともにある大人たちにぜひ。