ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

彼女と友だちで良かった

「『百獣の王・ライオン』というテレビ番組で、インパラが捕食されるシーン。うちのお母さんが可哀想で見れないっていうから、この番組はインパラではなくライオンに感情移入するために作られているのだから、インパラが可哀想っていうのはお門違いじゃないと言ったら、人の心を忘れたのかと憤慨されたんだけど、わたし、何かおかしなこと言ってる?」

少しの沈黙。そして、彼女はふうんと興味深げに息をはきました。

 

彼女とは、大学のころからのつきあいです。ある日、サークルの仮入部で彼女を見つけたときのわたしは、後にあの衝撃を「ひとめぼれ」とよんでいます。恋愛感情はなくとも、あの衝動は間違いなくひとめぼれでした。以来、大学を卒業して就職して住むところがかわっても、定期的に連絡をとっています。

 

彼女は考えるように、言葉にならない言葉をむにゃむにゃこぼしたあと、きっぱり言いました。

「人は、あいちゃんと違うんだよ」

そしてすぐに言い直しました。

「いや、あいちゃんが人と違うんだ」

 

彼女が言うことには。

感情移入とは理性でなく感情である。感情は頭で考えるものではなく、自然に生まれてくるもの。多くの人は、百獣の王ライオンと草食動物インパラの対峙を目にした場合、自然と、弱者であるインパラに感情移入して「可哀想」と思う。番組の趣旨とか構成とかは関係なし。その自然の発出がないことを指して「人の心がない」というのなら、そうかもしれない。

なるほど。

 

26年、何事もなく生きていると、自分がマジョリティだと思いがちです。わたしはすべてを理解していて、わたしが正解だと錯覚します。そんなとき、論理的に「違うよ」と諭してくれる存在があることに感謝しなければなりません。

 

彼女の言葉に、大学生のときに感じたあの衝撃を思い出しました。彼女は何度、わたしを惚れさせれば気が済むのでしょう。

彼女と友だちで良かった。