ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

夏がくる

「コーヒー豆を買いにいこう」

思い立ちました。

休日、昼過ぎから始めた作業には終わりが見えず、いくら、ここのところ日が長くなってきたとはいえ、すっかり夜の帳が下りています。外はひっそりとして、ひとりきりの家の静けさに拍車をかけました。

これは、長い夜になりそうです。コーヒーでも飲まなければやってられません。でもいま我が家にはコーヒー豆がなく、しかしわたしは大人、車を運転できるのでした。部屋着にひっつめ髪だけれど、ダボっとしたシルエットのジャケットで隠して、鍵とケータイだけをポケットにつっこんで出かけます。

 

土曜日の午後8時、田舎町のスーパーは人がまばらで、誰もわたしに見向きもしません。コーヒー豆のコーナーでたっぷり10分、うんうん唸ってひとつ手に取り、そのままレジに行こうとして、その道のりにアイスコーナーがあるのに気づきました。周囲を見ると、サンダルを履いたひとや半袖を着たひとがいて、そこでわたしがアイスを2つ手に取ってしまうのも、必然のようでした。

鍵とケータイだけを持って家を出たので、エコバッグなんてありません。右手にコーヒー豆、左手にアイスを2つ持ってレジを抜け、自動ドアをくぐりぬけると、夜の風に乗せられてコーヒー豆の香りがしました。左手がひんやり、存在を主張します。

 

車を運転して、オレンジや黄や青の灯りの街を行きます。坂を登っていくとだんだん薄暗くなってきて、街灯がぽつぽつともる、そのちょうどひとつ袂に我が家があるのでした。

静かな夜、夜の中の住宅街、ふと見上げると星が空を覆っていて、鼻先を生暖かい風が撫でていきました。

もうじき、夏がくるでしょう。