ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

前髪

前髪を切りすぎました。

ひさびさに、切りすぎました。

大学時代からお世話になっている美容師さんはやたらと前髪を短くするひとで、一緒にお世話になっている母と2人で「また美容師さんに前髪もっていかれた…」と嘆いています。でも、その美容師さんもメじゃないほど切りすぎました。

 

夕方。その日は、ずいぶん色々ありました。長時間に及ぶオンライン会議に、理不尽な注文、画面に映るわたしはなんともいえない表情をして、ずいぶんとブサイクでした。ふだんから自分の造作に自信があるわけではないけれど、でも、理不尽な注文を受けて複数人が見ている前で吊るし上げにされるわたしは、覇気がなく口がひん曲がり、暗い目をしていました。ブサイクでした。

 

どんなにサイアクな時間にも、終わりが来ます。すべてを終えて、洗面台に立ち、さて化粧でも落とそうかというときに、自分の目にかかる前髪が気になりました。鼻のくぼみから高くなるところまで伸びた前髪は目に届いて、暗い瞳をさらに深く沈ませています。なんだか、この前髪をすっきり落としてしまえば、ブサイクもマシになる気がしました。ふだん美容師さんにあれほど注文をつける前髪に、ハサミを入れました。

 

ジャキ

「いやー、〜ちゃんは素晴らしいね」

ジャキ

「ところで、あなたは、〜と思ってるってこと?」

ジャキ

「それはあなたが誤って理解しているんだろうね」

ジャキ

 

小気味よいハサミの音の間に、さっきオンライン会議で言われたことが混ざります。ぱたぱたと音がするくらい髪の束が落ちて、櫛で残りの毛を払うと、ああ。

 

前髪を切りすぎました。

こんなに切る予定ではありませんでした。

瞳の真上、ぎりぎり眉を隠すくらい。

でも深く沈んだ瞳は、少し明るくなりました。