ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

3月の終わりに引っ越しをしました。坂の上の古い一軒家。そのうちの1室を借りて、シェアハウスをしています。思いかえせば、1階に住むのは初めてです。

 

はじめての引っ越しは都会のアパートの3階。目の前に板金工場と大きな通りの抜け道があって、ひっきりなしに音がしました。冬の朝、毎日板金工場が除雪する音で起こされるのには辟易しました。

 

2回目の引っ越しは住宅街のアパートの3階。都心から地下鉄で2駅のところにあるアクセスのよい場所で、近くには小学校やら公園やらがありました。大学もサークルもバイトもない、就職活動の合間の昼下がりには、子どもたちの合唱の声が聞こえてきました。

 

3回目の引っ越しは田舎の国道沿いのアパートの2階。国道沿いとはいえ田舎ですから人の声は滅多になく、車の音だけ。ただ、悲痛に響く赤ん坊のような幼児のような声に驚いて外に飛び出すと、キツネとネコの決死のバトルを目撃した思い出があります。

 

そして、今回が4回目の引っ越し。坂の上の古い一軒家の1階。これまで聞くことのなかった、人の暮らしが聞こえます。

鼻歌混じりに庭仕事をするおばあちゃん。

通学する学生の自転車の車輪の音。

近くの幼稚園から散歩にくる園児の声。

虫とりをする子どもたち。

窓の向こうの声は世代も声色もさまざま。どんな人が歩いているのだろう、どんな表情で、どんな気持ちで。気になったけれど、向こうを覗いてみることはしませんでした。

 

向こうの音が聞こえているということは、私の音も聞こえているということ。

朝、窓を開け放してラジオを聞きながら身支度を整えていました。するとザクザクザクと窓の外を歩く音。一度向こうに行ったと思った足音は、しばらくするとザクザクザクと戻ってきて、玄関チャイムが鳴りました。

「これ、今とってきたんだけど」

おばあちゃんの手には、ふきの葉をお皿にしたスナップえんどう。おそらく、ラジオの音が聞こえて、家にいるとわかったおばあちゃんが戻ってきてくれたのです。ありがとうございますと受け取って自室に戻ると、窓の外、向こうのほうから鼻歌混じりの足音が聞こえてきました。

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