ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

ゲストハウスの夜

「十勝の峠を越えて目の前に平野が広がったとき、ゼルダのゲームで見たあの感覚があって、興奮しちゃったんですよね」

ゲストハウス。消灯後、キッチンのカウンターにつけられた2つのペンダントライトだけが灯って、それを囲んだわたしたちの顔に不思議な影を落としました。顔の造形を深く険しくするような、輪郭をぼやかして淡く優しくするような。わたしたちは、互いの顔を見合わせながら、ときにお酒を傾けて、声をひそめて笑いました。

 

ゲストハウスに泊まります。宿なんてシャワーが使えて眠れればよいし、安くてなんぼ。ベッドひとつ分しかないプライベートスペースは不便だけれど、どうせ夜は外で飲んでくるし、朝はさっさと出てしまうのですから、高いお金を出すのが惜しいと思います。7、8年前に起こったゲストハウスブームで道内にもあちこちにゲストハウスができましたが「ゲストハウス」なんてのは名ばかり。長期宿泊するゲストはそういないし、宿泊者同士の交流なんて夢のまた夢。実態はカプセルホテルのようなものでした。わたしが「ゲストハウス」に抱いた憧れは、3回ほど宿泊したころから薄れてしまいました。だから、その日そのゲストハウスに泊まれたのはよい思い出です。

 

北海道の東のまち。遠洋漁業から帰った漁師たちが楽しむ、大きな飲み屋街があるまち。ネオンの向こう、橋を渡って少し静かな住宅街に、そのゲストハウスはありました。

 

大学院に所属して藻の研究をしているという彼。

人生の休暇を利用してバイクで旅をしながらゲストハウスの手伝いをしているという彼。

今朝、船で東北から北海道に入り、ひたすらに自転車をこいでここまできたという彼。

街のはずれのゲストハウスでたまたま出会ったわたしたちは、年齢も経歴も価値観も違います。ただ、その違いを少なからず「興味深い」と思って、夜に沈む静かなまちで時間を共有しているのは同じでした。それはわたしが憧れた、「ゲストハウス」の夜でした。