ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

暮らしのコツ

夜。

思ったより長引いた打合せに、なんだか急に冷たくなった風。身体は重く、頭は働きません。ようやく辿り着いた自宅の駐車場。荷物を持って車から降り、階段を登って自室に帰れば良いのだけれど、どうにも気がすすまずにふうと溜息。決心して、ドアを開けます。

 

夜風はやはり冷たくて、見上げると星が綺麗に散らばっていました。眺めていたいけれど、視界の端の車のライトがうるさくて、大人しくアパートの階段をあがります。鞄のなかから鍵を探す動作さえ億劫。鍵穴に差し込んで右にまわすもすんなりまわらなくて、ドアノブをガチャガチャやって、もう一度鍵を差します。こういう日に限って。今度はすんなり開いて、上がり框の際に落ちたガス代の請求書が目に入りました。扉に備えつけられたポストに差し込まれたそれが、そのまま落ちたのでしょう。拾い上げる動作すら面倒。

 

身体をおって請求書を拾い上げ、靴を脱いで居間に入ります。

カチ、カチ

照明器具から垂れる紐を2回引くと、部屋はいつもの明るさを取り戻しました。整頓された家具、掃除された床、微かに香る洗濯物のにおい。昨日のうちに、家事を片付けていました。

「えらいぞ」

声が漏れました。

 

一人暮らし9年目。暮らしのコツが備わっています。肉体的な疲労より、精神的な疲労のほうが厄介であること。精神的な疲労は自分でも気付かないうちに忍び寄っていて、ある日突然発現するということ。その時は、どんなに気を配っていてもやってくること。だから常に、温かい食べ物を備えて、よく眠る時間をつくって、部屋を暖めて、綺麗にしておくこと。それだけで、精神的疲労から脱出できる可能性を高められること。

 

わたしはその日、温めたスープを飲んで、早くにベッドへ潜り込みました。