勝手だなあ
朝、家を出る前。長袖を着たけれど、今夜の帰りは遅いことを思い出します。念のため、羽織物を持ちました。
出勤、風の通り道である会社の玄関前。強い風が向こうから吹いて、前髪もスカートの裾も攫っていきます。その風が無視できないほど冷たくて、高い空を見上げました。
昼、休憩で開けた窓の前。吹き込んでくる風が容赦なく、すぐにピシャンと閉めます。自席に戻って、持ってきた羽織物に袖を通しました。
夜。
「おつかれ」
「おつかれ」
きょうは、サークルメンバーとうちあわせ。まちあわせた駐車場で、みなそれぞれに停めている車の運転席を、遅れてきたわたしがひとつひとつ覗いて声をかけます。歩くうちに、ヒールを履いた足のつま先がスウと冷えていくのを感じました。
深い青色の空には、誰かがうっかりこぼしたように星が散らばっています。わたしの位置からまっすぐ向こう、ずいぶん低いところまで北斗七星が降りてきていました。
「冬って、空気が澄んで星が綺麗に見えるんだよね」
誰かが呟きます。
「星は綺麗でも、ずっと雪じゃん」
「そうそう、雲がかかって見えないよ」
「それもそうか」
会話のなかで身震いをひとつ。
「俺いま、暖房つけて運転してた」
「うちも、今夜ストーブつけようか思ってる」
我慢ならなくなって、
「きょうから秋!!!」
とわたしが声高に宣言すると、
「勝手だなあ」
「急だなあ」
とぼやく声。
それは果たして、移ろう季節を断定したわたしへのコメントなのか、わたしたちを尻目に先を急ぐ季節への抗議なのか。万点の星空の元では、言及する気なんてすっかり失せて、黙って北斗七星を見ていました。