「嘘でしょ?」と言われるはなし
札幌のはずれにお気に入りのカフェがあるんだ、とその人は言いました。
2階建ての店内はけして広くなく個人経営のようで、20代から30代前半と思しき女性がいつも、コーヒーを淹れてくれました。それを片手に2階へ上がると、所狭しと並べられた本。その本棚の隙間から漏れるように日差しが注ぐ窓際の席が、お気に入りでした。気軽に行ける距離でもないから、それでも札幌に用事があるときはいつも立ち寄ってお気に入りの席に座って、コーヒーをじっくり1杯。通うほど、だんだん、店の扉を開けると女性が「お、」というように表情を変えるようになりました。
その日も、いつもの扉を開けました。カウンターではいつもの女性が接客中であったので、さきに席を確保しようと2階へ上がると、残念。いつもの席には、先客。
別の席に座れば良いのでしょうが、なんだか興をそがれて、階段をくだりそのまま扉を開けて外へ出ようとしたとき。
「帰られるんですか」
いつの間にか接客を終えた女性が、こちらをまっすぐ見ていました。
「いつもと違う席に座れば、違う景色が見えるかも知れませんよ」
女性が言います。
それはどこか挑戦的にも、いたずらっぽくも聞こえて、「ふむ」と考えなおし、踵を返していつものコーヒーを注文し、再び階段を上りました。
その日コーヒーを飲んだ席は、日差しのない、真正面にずらりと本の表紙が並ぶ席でした。目の前にはどこか知らない国の知らない景色があって、まあ、いつもの席じゃなくても悪くはないと思ったものでした。
帰り際、女性が声をかけてきました。
「わたし、写真を撮るんです。今度展覧会をやるので、よければ、ぜひ」
後日、展覧会。
展示される写真のなかに、見覚えのある光景。
コーヒーカップに添えられた鶴。
あの日、「新しい席での新しい発見のお礼に」と、こっそり女性に宛てて折ったものでした。
これが、わたしが伺った「嘘でしょ?」と疑われるというはなし。
嘘でもいいくらい、素敵なはなし。