5時間待って
母のカレーが好きです。
辛いながらしっかり旨味があって、こっくりと広がる味わいに深みがあります。市販のルーにあれこれ入れるそうですが、聞くたびレシピが変わるので、もはや母の魔法と言えましょう。あの味を、名高い洋風レストランも、人気のカレーチェーンも、話題のオシャレカレー店も、再現してはくれないのです。
ところが。
北海道の左上に、素敵なカフェがあります。美味しいコーヒーに軽快な音楽、レトロなソファ席には赤を帯びた照明が薄くおちて、初めてその席に座ったときには秘密基地に腰を落ち着けたような高揚感がありました。
美味しいフードメニューがさらに嬉しく、なかでもカレーは絶品。ルーカレーらしいしっかりとした味わいはジワジワくる辛さ、でもそれだけではないまったりとした旨味が、わたしに母の味を思い出させたのです。
そのカフェが閉店するとの噂。
片道5時間の先にある母の味が、車で5分の素敵カフェで味わえたのに。
あのカレーがあると思うから、どこか安心してお腹を空かせ頑張れたのに。
いつのまにか、実家を離れ一人暮らすわたしを、あの味が支えてくれていました。
惜しみながら訪れたカフェ。
ソファ席はふかふかで、
コーヒーはじんわりあたたかくて、
カレーはやっぱり美味しかった。
いつもの美味しいカレーでした。
でも、違いました。
カフェのカレーに、母の味は感じませんでした。幼い頃から慣れ親しんだ味とあんなに感動したカレーは、やっぱり素敵なカフェの美味しいカレーで、母の味ではありませんでした。
しかし、わたしが母のカレーを最後に食べたのは昨年の冬。記憶が薄れているから、感動が薄かった可能性は否めない。これは、片道5時間を走らせて、確かめなければなりません。
カフェが閉店してしまう前に。
どうかこの疑問が解けるまで。
せめて5時間、5時間待って。