ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

春の日

仕事で、山間の公園まで撮影に行きました。

桜や、まだ若い緑をしている木々をカメラにおさめながら、園内をぐるり。平日の真っ昼間、休校中であろう子どもや定年を迎えたご夫婦ばかりとすれ違って、居心地の悪さにずんずん歩みを進めました。いつの間にか、舗装された道も案内看板もなくなって、わずかに踏み固められた山道と青空を目指して花弁をふるわせる桜の木だけ。夢中で、シャッターをきりました。

 

シャカシャカなるカメラの向こう側で、鳥が鳴いています。

ホー、ケキョ、ホケキョ

 

「ほら、あい、鳴く練習を始めたよ」

記憶に残る春の日。居間のソファでだらり寝転んでゲームをするわたしに、母が窓の外から呼びました。雪が溶けると、母は嬉々として外へ出ます。雪の下から顔を出した土や、越冬した植物の様子を見て庭をまわるのです。そう劇的な変化があろうはずもないのに毎朝の日課にして、春のやわらかな陽光とまだ冷たい風のもとを歩きます。そうして春をめいっぱいに楽しむ母が、ある日わたしを呼んだのでした。

 

ホトトギスは、最初からうまく鳴けるわけではないの。そろそろと、でも思い切って練習して、こちらがしびれをきらしたタイミングで、ようやく綺麗に鳴くの。そこからはもう、毎日やかましいくらい。ホーホケキョ、ホーホー、ホケキョ、ホーホケキョケキョケキョってもう…鳥も、調子に乗るのね。

母の言葉を思い出して、少し笑ってしまいました。まさにいま、ホトトギスたちが、鳴く練習をしています。

 

 ポイン、ポイン

ふいに、高い音がして、ポケットにつっこんだスマホを確認しました。会社からの連絡かとのぞくと、画面は静かなまま。

ポイン、ポイン

また音がして、それは、鳥の鳴き声だと知りました。はじめて聞く声でした。彼は、もしくは彼女は、鳴く練習の最中でしょうか。それとも、綺麗に鳴けるようになった声なのでしょうか。

うららかな春の日でした。

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