きらいな春
春が好き、という人が多くてびっくりしました。厄介な雪が溶けてなくなる、暖かくなる、草花が芽吹く、桜が咲く。まあ、たしかに。でもわたしは、春がきらいです。
小学校では、2年ごとのクラス替えのたび、憂鬱な新学期を迎えました。それまで仲の良かった子たちとことごとくクラスが離れ、一からの友だちづくりに辟易しました。
中学校では、やはり友だちづくりの波に乗り遅れ、北向きのひんやりした廊下を、別のクラスの前を通ってトイレに行くまでが嫌で嫌で仕方ありませんでした。
高校では、勉強に追われて春も夏も秋も冬も同じでした。学校祭とか、体育大会とか、学校行事の思い出があまりありません。
大学では、はじめての一人暮らし、はじめての「わたしを知る人は誰もいない」環境に不安で不安で仕方なく、はじめてのオリエンテーションの日、一人暮らしの部屋から最寄駅までの道のりを半泣きになりながら母に電話しました。
そんな思い出があるからでしょうか、春がきらいです。
卒業式があって、新学期を迎えて、入社式があって。きょうもどこかで、不安な朝、目的地までの道のりを足取り重く歩いている人がいるかと思うと、きゅっ、と胸が締め付けられる思いがします。
あの日、あの春の朝、不安な気持ちに押しつぶされそうだったのはわたしばかりではないはずです。そして、その不安な気持ちが夏も秋も冬までも、ずっとずっと続いていたかといえば、そうではありません。そうではないから、わたしは今ここで能天気に笑っています。友だちづくりも初めての場所も、怖くなくなりました。
ただ、春から新しいことが始まる、日本中のすべての人の不安でやりきれない思いが、春のやわらかな風にのってわたしの心に波をたてるのです。
だからわたしは、やたらに不安な気持ちに駆られる春がきらいです。