ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

続・右向きで寝るか、左向きで寝るか

「誰しも1つは不思議な話を持っている」とは、怖い話マイブームのさなかに出会った怪談師さんの言です。生きていれば大なり小なり、1つは不可解な出来事に遭遇していて、そういった体験談を聞かせてもらって語っているというお話でした。わたしにも不思議な話はポツポツありますが、どだい怪談師さんに提供できるようなものではなく、いつかわたしも「聞いてもらいたいお話が…」なんてコンタクトをとりたいような、とりたくないような気がしています。気がしていました。

 

先日、小学生の頃から背中を無防備にして眠れないという話をして、思い出しました。小学生の頃の不思議な話。どうして夜眠るのに、そんなこだわりを持つようになったかという話。

わたしは小学生の頃、眠りしなに、一つ目小僧を見たのです。

 

「おやすみなさい」

母が引き戸をすうっと閉めます。わたしと妹はあわてて「待って」と叫びました。

「もうちょっと開けておいて」

「こんなに開けたら眩しいでしょう」

「じゃああと10センチ、10センチだけ」

「しょうがない、5センチ」

そう言って、居間からの明かりが細く寝室に差しました。真っ暗な寝室。壁際に眠る妹、母の布団を開けて、わたし。窓際には父の布団が敷かれていて、当の父はまだ仕事から帰っていません。

まだ重くならない瞼を擦ります。静かな夜です。窓の外はすぐに隣家で、月の明かりや街灯が差し込むことはありません。目が慣れてくると天井の木目が見えて、まあこういう時は恐ろしい模様が見えだして怯えたりするものですが、わたしの視力では、そういった想像力が働くほど見えるものはありません。母が居間で机仕事をする、衣擦れや紙を繰る音が時折聞こえました。立ち上がる気配がすると、寝室に差す明かりが一瞬さっと遮られて、それだけが、この冷たい布団の上で感じられる変化でした。

どれだけそうしていたでしょう。隣で妹の小さな寝息が聞こえ始めます。

「寝たの…?」

そっと声をかけてみるけれど、返事はありません。いよいよ、ひとりぼっちです。さてどうしよう、今夜はずいぶん寝られないぞと天井を仰ぐと、さっと、視界が暗くなったのを感じました。戸口に目を向けると、戸に手をかけた人影があります。母でしょうか。いえ、母より背丈が低く、肩幅が狭く、頭だけがぽっかり大きいようです。その頭はまんまる、坊主頭で、逆光によくよく目を凝らすと、頭の中央に、ぎょろりと大きな目玉がひとつ。いたずらっぽく笑っているのがわかります。彼は戸にかけた手をぐっと引いて、その隙間を大きくしました。ちょうど、5センチほどでした。

家の中に見知らぬ誰かがいる。しかもそれは、漫画で見た一つ目小僧の風貌だ。妹にも知らせてやろうと、サッと向くが早いか、「こら」という声にわたしの身体はびくりと大きく跳ねました。母でした。

「まだ寝ていなかったの。しかも、戸、開けたでしょ」

母の顔は、居間の明かりの逆光になってよく見えません。でも、咎める視線を感じました。妹は母の声に起き出して、眠たい目を擦っているようでした。わたしが、毅然と言います。

「一つ目小僧が、戸を開けていった」

 

今この話を母にしても、「そんなこともあったかしら」と笑うだけです。きっと、子どもの寝言程度に忘れ去られているのでしょう。

けれど少しばかり感じやすい母は「あなたが小学生の頃に住んでいた家は、前の居住者の生き霊が出た」と言います。なんでも、家に未練があって、引っ越してわたし達家族が住み始めてもなお、前の居住者である奥さんの生き霊が帰ってきていたというのです。そんなことが現実に起こりうるのか、起こっていたとして、わたしが見た一つ目小僧が一体なんだったのか、答えは出ません。でも、たしかに、わたしたち家族がその家から引っ越した後、前の居住者であるご家族がその家に戻ってきて、今でもそこに住んでいます。

 

わたしが背中を無防備にして眠れない理由。それは、幼少期に見た一つ目小僧の影響でした。