ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

前髪チキンレース

わたしは、8年来の付き合いになる美容師さんと勝負をしています。

初めて椅子に腰掛けて、鏡越しに彼女の目を見たのは大学生のとき。当時のわたしはやりたいこともやれることもわからなくて、ただ好奇心だけに誘われてどこへでも行く学生でした。旅先で思い立って入った美容室の美容師さんが大変上手で、しかしそこは当時暮らしていた札幌から車で3時間かかる距離だったので、紹介していただいた美容室で出会ったのが彼女でした。ワンフロアに1店舗しかない小さな雑居ビルの3階、少し重たい押し扉を開けるときは昔も今もちょっとどきどきします。

 

「あいちゃん、最近すごくキリッとしてる」

8年来の付き合いですから、変わることもあります。大学生、新社会人、そして最近 新しいことを始めたわたしを、彼女は「自分によく似ている」と言って応援してくれます。なんだか気恥ずかしいような誇らしいような、むず痒い気持ちがしました。話の最中にも、わたしの伸びすぎた髪が彼女の軽快な手捌きによって切り落とされていきます。

 

「前髪は眉が出ないように…だね?」

あらかた長さが切りそろえられたとき。ここからが勝負です。猫の額ほどしかないわたしの額では、前髪の長さが顔全体の印象を左右します。毎回、慎重すぎるくらい慎重に前髪の長さをオーダーしますが、あんなに腕のよい美容師さんが一体全体なぜなのか、想定より2〜3センチ短く切り落とすのです。前髪の2〜3センチは命とり。短くしないでほしいわたしと、どうしても短く切り落とす美容師さん。それをわたしは、前髪チキンレースとよんでいます。果たして、ギリギリを攻めるのはどちらか。そして毎回、負けています。

 

わたしは、8年来の付き合いになる美容師さんと勝負をしています。果たして、わたしが彼女に勝てる日は来るのでしょうか。