人をダメにする実家
「あなたがそう言うから、こっちで空きアパートとか見てたのよ」
母が言いました。わたしが仕事を辞めると言ったとき、家族は意外なほどすんなり受け入れてくれました。心配はされたものの、体調不良とか人生に絶望してとかいった理由ではなかったので、まあ安心したのでしょう。それでも、仕事をしなければお金は出ていく一方です。父なんかは実家に帰ってくるものと思っていたようで、「こっちでシェアハウスする」と伝えると拍子抜けした表情でした。
「帰ってくればいいべや」
「光熱費も食費も家賃も安く済むのに」
まあ、そう。そうなんだけどね。
「わたしは、実家に帰ったらダメになってしまうから」
黙っていてもごはんが用意されて、冬は暖かく夏は涼しく、いつも誰かしらがいて話を聞いてくれて、犬と猫のもふもふがいる実家。お父さんとお酒を飲み、妹と遊びに出かけ、母と買い物へ行く実家。そこに身を置いては、わたしはダメになってしまうでしょう。
大型連休の前半は、実家に帰りました。母のパートやら妹の予定やらを聞いていたので家に1人の時間もあるだろうと、資格勉強のための資料とサークルの宿題を持ち帰ったのですが、それらは持ち帰ったときの姿のまま、荷を解かれることすらありませんでした。
北海道の左上に戻ってきて、その寒さに驚きました。冷蔵庫は空っぽで、家はがらんと静かです。せめてやらなければならないことをやろうと宿題から手をつけて、膨大に思われたそれらがいま、少しずつ片付いています。
用意されたごはんを食べ、暑すぎず寒すぎない快適な家に暮らし、悩みや相談事を聞いてもらい、犬と猫の腹に顔を埋める生活を送りたくないと言えば嘘です。でも、わたしはそれでは「ダメ」になってしまいます。わたしはわたしの意思で、この暮らしを選んでいます。