ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

おかえり

「こんにちは」

幼いころ、近所のひとにあいさつするのが苦手でした。とくべつ人見知りというわけではないけれど、ご近所さんとのコミュニケーションは、わたしにとってすんなりいくものではありませんでした。

 

「ご近所のおじちゃん、おばちゃんに会ったらあいさつするのよ。あなたが困ったときに、助けてくれるかもしれないから」

母の言い分はわかります。

でも、それほど親しくもないひとに数メートル離れたところから大声であいさつをして、耳が遠くて聞こえていないこともあるし、「おかえり」なんて言われたらなんと返して良いかわからないし、世間話なんかが始まって、気の利いた返しができるほど出来た子どもではありませんでした。「気の利いた返し」なんて考えている時点で、ちょっとひねた子どもでありました。

でもおじちゃんおばちゃんは、わたしがあいさつすると気持ちよく返して、「おかえり」とか「暑いね」とか「学校どうだい」とか世間話をします。わたしは曖昧に笑って返して、逃げるように自宅の玄関にひっこむのです。そのうち、おじちゃんおばちゃんがいないタイミングをねらって帰ったり、おじちゃんおばちゃんから見えないように塀やら木やらの影に隠れて歩いたりするようになりました。 

 

「こんにちは」

今日、でかけようと外へ出ると、バッタリ男の子と出くわしました。黒いランドセルを背負って、半袖短パン。いかにも小学生といったかんじです。わたしが車の影から出てきたので驚いたのでしょう。目をまん丸にして1秒してから、あいさつしてくれました。

 

澄んだよく通る声。

まっすぐに見つめるまっくろな瞳。

ちょっとはにかんだ表情。

一歩一歩ふみしめながら立ち去る後ろ姿。

 

なるほど、おじちゃんおばちゃんが、あいさつついでに一言二言、世間話をしたのがわかる気がしました。