ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

バレンタイン

ついさきほど、記憶の奥底にしまったバレンタインを思い出しました。

小学校4年生のとき。ちょうど週中の2月14日で、前日は大変でした。母を巻き込んでの手作りバレンタイン。深夜に及ぶお菓子作り、台所はしっちゃかめっちゃか、ラッピングは当日、家を出る前に行いました。友だちに渡す用とは異なる、ちょっと特別なラッピング。母はそれを認めて、でも、何も言いませんでした。

 

2月14日、放課後。友だちと別れて、ひとりの帰り道。「ただいま」と玄関扉を開くと、当時まだ専業主婦をしていた母が「おかえり」と言いました。朝、チョコレート菓子をつめていった紙袋はすっかり軽くなって、底でコロン、と1つだけ取り残されたお菓子が転がりました。特別なラッピング。渡せなかったプレゼント。

彼に、渡そうとしました。学校でも、帰り道でも、そのタイミングを伺っていました。でもわたしには「ねえ、」と声をかける勇気すらありませんでした。それを悟った母は、「それでいいのかい?」と問いかけます。

「せっかく作ったんだから、渡してくればいいでしょう」

「渡せなかったら、作った意味がないでしょう」

「ほら、今からでも遅くないんだから」

「渡してきなさい、ほら、ほら」

母にせきたてられて、脱いだコートをまた羽織りなおし、渡せなかったお菓子だけ持って、玄関を出ます。彼の家はわたしの家から歩いて5分ほどで、近所であることが嬉しいような恨めしいような。結局、5分の道のりをたっぷり40分かけて彼の家のチャイムを押し、帰りは3分。全速力で走って帰りました。

 

いま思えば、あれだけの労力をかけたバレンタインプレゼントを、無駄にしたくないという母の意地であったと思います。それ以降、わたしと彼がどうとか、そういうことはありません。でもわたしは、「これぞ甘酸っぱいバレンタイン」という思い出として、心の奥底に大切にしまっているのでした。