ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

「このまえあなたと行ったあそこ、わりと面白かったね」

母が言いました。ガッツポーズ。それは、まがりなりにも「旅」でした。

 

わたしは「旅行」と「旅」をつかいわけます。

「家族旅行」や「観光旅行」などで使われるそれは、複数人で遠出し楽しむ「旅行」、「ひとり旅」や「旅人」などで使われるのは、遠くへ赴き静かに堪能する「旅」。それぞれに良さがあって、相反するものに思います。「旅行」を好む人もいれば、「旅」を好む人もいます。どちらも好きな人もいるでしょう。わたしはひときわ「旅」が好きでした。

 

我が家はそもそも、遠出を好まない家庭です。両親の出不精に加え、車を所有する父が、わたしたち姉妹の幼少期に平日休日問わず働いていたので、家族揃って遠出する「旅行」に馴染みがないのです。父の仕事が落ち着いて、姉妹が車を所有するようになって近頃、休みとあらば家族で出かけていきますが、しかし、日帰りで行ける週末のドライブは「旅行」というにはお手軽すぎるし、「旅」というには賑やかでした。わたしはちょっぴり、もったいない気がしていました。

 

帰省して、母と2人きりの週末。どこか出かけようと目的地を提案すると、母は怪訝な顔。

「何があるの、そこ」

それがいいのだと押し切って、車を走らせること2時間。お目当てのカフェでランチをしたあとは、適当なところに車を置いて、街をブラブラ。

「お母さん、この街ははじめて?」

「わ、綺麗なお菓子屋さん。お土産買っていこうよ」

「立派な神社!ちょっとご挨拶しよう」

そんなことを話しながら、あっちへフラフラこっちへフラフラ。静かな街に2つだけの足音。静かな話し声が心地よく反響しました。当て所もなく歩くうちに陽が傾いて、暗くなる前にと家路を急ぎました。

 

母は、そんな2人「旅」の思い出を胸に残してくれていました。まがりなりにも、わたしたちの「旅」。「旅」好きのわたしは、誇らしい気持ちになりました。