ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

すきな場所

緊急事態宣言があけました。夜の街にじわじわと明かりがともり、そろそろと出てきた人たちが、少し厚くなった上着の前をかき合わせ目的のお店へ足早に向かいます。安さが売りの大衆居酒屋、料理が美味しい洋食バル、落ち着いた雰囲気の寿司居酒屋。わたしの目的は、焼き鳥屋。いつ行っても換気が悪くて、コートににおいがついて、マスターの笑顔がやわらかい焼き鳥屋さん。

 

「こんばんは」

暖簾をくぐると、カウンターはすでにいっぱい。真ん中の2席だけがわたしたちのためにあけられていました。右のおじさん、左のおじさん、どちらも初めましてだけれど、腕を伸ばせば触れてしまう距離に座ります。それが、このお店の日常。

わたしたちは話をしました。

仕事のこと、プライベートのこと、最近のこと。お酒がすすむごとに饒舌になって、それは右のおじさんも左のおじさんも一緒で、いつの間にかその境界が曖昧になって、わたしの話をカウンター全員で聞いていることもあれば、右のおじさんの話に左のおじさんが、わたしたちを挟んで向こうでうんうんと熱心にうなづいていることもありました。わたしが右のおじさんにお酒を注ぐと、左のおじさんも「ちょっと頂戴」と手を挙げて合図するのでした。

「わたしは、こういう空間が好き」

一緒に来た友だちに言うと、ふふふと笑いました。

「好きそうだもん」

「知らない人同士がカウンターで一緒になって、噛み合ってるんだか噛み合ってないんだかわからない話をして、笑いあって。その輪のなかに、わたしもありたいと思う」

「そうだね、そうだろうね」

友だちは、深く納得してうなづきながら、でも、と言いました。

「わたしは、こんなど真ん中の席じゃなくていいかな」

それにはまったく、わたしも同感です。わたしたちは、またお酒を飲みました。夜は長いのでした。