ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

摩天楼はバラ色に

父は、100人が100人とも深く頷くであろうほど、娘に甘い。実の娘であるわたしが言うのもきまりが悪いけれど、でもやっぱり、甘いのです。バスで実家に帰ると、道南の地元からわたしが暮らす北海道の左上まで3時間の道のりを、用もないのに車で送ってくれたりします。甘い。

 

でも、女の子が車という密室に素面で3時間、父親と2人きり。

母親ならまだ積もる話もあるけれど、父親と何を話しましょう。

仕事の話、世間を騒がすニュース、最近飲み屋で聞いた笑い話…人口集中都市を過ぎたあたりで、窓の外の明かりはまばらになり、車内をあたためるエアコンの音がやけに大きく感じられました。

 

「…そういえば、おとうさんは、映画、好き?」

 

父にとって興味がない話題でも、沈黙よりマシでしょう。

 

「映画かあ…この前見たあれ、面白かった」

 

金曜日や土曜日、休日の昼下がりや深夜にテレビでやっている映画の話。意外にもつるつると、父の口からタイトルが出ました。でもあまりにつるつる出ていたので聞き流れてしまったようで、今思い出そうにもあんまり思い出せません。

 

ただ、その映画を「見に行った」話を覚えています。

まだ田舎にも、たくさんの映画館があった頃。おとうさんはあまり映画館へ行く方ではなかったけれど、なぜだか、映画を見に行こうという気になった。いま主流のシネコンとは比べ物にならない、小さく安っぽい椅子が並んだ映画館。お客さんが肩を寄せるようにいっぱい座っていて、スクリーンに映し出される作品の、同じタイミングでワァッと笑った。面白い映画だし、俳優だって有名どころなのに、テレビでやっているのを見たことがない。あの時見たっきりだけど、すごく覚えているな。

そう言って、ハンドルを握りながら少し遠い目をしたのでした。

 

先日、レンタルビデオ店でレンタル落ちの映画をあさっていると、父が話したあの映画がありました。今度実家に持って帰って、一緒に見ようと思います。