ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

夜の淵を震わせて

田んぼに水が入ったそうです。

春も夏も秋も、冬でさえ美しい田んぼが好きです。若い緑色の稲が青空のもとにたゆたい、だんだん重くなって傾いだ穂がしゃらしゃらし、稲刈りを終えてすっかりなにもなくなれば、静かな雪原がひろがります。春には、雪のあいだから地面がのぞく頃に白鳥なんかがやってきて、それもすっかり行ってしまうと大きな機械が入って、水を張るのです。なにも植わっていない田んぼに張られた水は静かで、空と雲と、季節を映します。鏡のようになった田んぼを見ながらのドライブは、春に欠かせない楽しみでした。

 

でも、今年はかないません。田んぼは人が暮らす市街地よりずっと山側にあって、その光景を目にすることができないのです。いま感じることのできる春は、遠くの山がかぶった雪の白が少しずつ落ちて、近くの山の緑が日に日に濃くなって、風のにおいと温度が変わってゆくことくらい。

 

ずいぶん暖かい一日でした。明日は雨が降るらしく、会社を出ると重たく湿度をもった風が顔の横にかかる髪をすべてさらっていきました。ざわざわとして、何かが違う夜。昼間まっさらだった空には随分雲が出て、へんな群青をしています。駅のホームの明かりが眩しく、終点の電車をオレンジに浮かび上がらせていました。ごうごうと風が唸って、それにあわせて大きくなったり小さくなったり、ひっきりなしに聞こえる音が大層耳障りでした。

ガアガアガアガア

グワグワグワグワ

ゲオゲオゲオゲオ

夜の淵、夕焼けの名残を残す港より、すっかり黒に沈んだ山から聞こえるほうがより大きく鮮明で、四方八方からの音に飲まれそうです。

カエル。地を震わせるほどたくさんのカエルが鳴いていました。

田植えのころに繁殖期を迎えるカエル。北海道の左上、米どころの最前線に棲むカエルたちが「田んぼに水が入った」と知らせてくれました。

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