ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

白色の金木犀

金木犀は橙色。

最近知りました。ずっと、白色とばかり思っていたのです。というのも、金木犀は北海道に自生しません。高校生の頃に読んだ恋愛漫画に登場したその花は、もちろん白黒、香りもなくて、サイズや感触も分かりません。可憐な花と芳しい香りで、夏の終わりと甘酸っぱいラブストーリーを彩る花として憧れました。

 

1度だけ、その花に触れて香りに胸をふくらませたことがあります。

大学時代、サークルの合宿中でした。東京下町での研修を終え、住宅ひしめく路地裏を、銭湯めざして歩きました。男女数人でまばらに歩く道に街灯は少なくて、それでも道幅が狭いせいか、怖いという気持ちはありませんでした。ポツリポツリと話をしながら、十字路のひとつひとつを覗いて、ゆっくりゆっくり歩きます。なかには、付き合いだしたばかりの当時の彼氏もいて、たまに目が合うのが妙に気恥ずかしくて、わたしは下ばかり見て歩きました。

 

するとふいに、鼻先を、甘い香りがかすったのです。民家の食卓でも、シャンプーでもありません。すんすんやっていると、住宅の間ぎりぎりを通る線路の向こう、塀から鈴なりにさがる花が目に入りました。まったりと甘い香りに、小さな花弁は案外肉厚で、夏の風に揺れてパタパタ音をたて、アスファルトに落ちました。

金木犀だ」

わたしは感動しました。あの恋愛漫画で見た、夏の終わりの花。非日常的な東京の下町。狭い路地を照らす白い街灯と、付き合い始めたばかりの彼氏。すべての要素がわたしの胸をカンカン打って、むず痒い気持ちになりました。

「ほら、金木犀。北海道には、ないよね」

声を上げると、女の子をはじめみんなが花の下に集まります。そのなかで当時の彼氏は、すん、と鼻を動かしただけでした。こちらへ寄ってくることはなく、遠く路地の向こうを見て、その、鼻筋がすっきり通った横顔を覚えています。

 

橙色の金木犀は、無機質な街灯に照らされて、ぼう、と白く見えたのでした。