ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

おいしいビール

はじめてのビールは、往々にして不味いもの。けれど多くの大人は、飲みの席で腰を落ち着けるそのまえに「ビール1つ」と注文をすませ、手拭きを広げるうちに到着したビールジョッキを傾けて、ごいごいと喉を鳴らします。不味かったはずのビールは、いつのまにやら、美味しいビール。

では、いつどの瞬間から、わたしたち大人は美味しいビールを飲むのでしょう。

 

「1日汗をかいてバイトしてさ、閉店後。イタリアンレストランなもんだから、ご主人が軽くおつまみをつくってくれて。これがまた、美味いんだよね。それで飲むビール。あれ、ビールってこんなに美味かったっけって、思ったよね」

 

先日、わたしよりひとまわりもふたまわりも上の先輩が仰っていました。

 

「お酒って、大学生当時、興味本位で飲んでいて、正直味なんて、そんな美味いもんに思ってなかったけど、あのバイト終わりの一杯。ああ、ビールって美味いんだなって、あの時からだなあ」

 

わたしがお酒を飲みだしたのは、大学生の秋。友だちの誕生日を記念して一緒に飲んで、そのとき、自分は父親の血が強く、量が飲めることを知りました。日本酒からワインから、安い大衆居酒屋で手当たり次第に試して、でも、やっぱりビールだけは苦くて。どのビールも一様に苦いものだから、いつしか敬遠していました。

 

ふたたびビールを口にしたのは、翌年の夏。

サークル活動でひと仕事した打ち上げでした。連日誰かの家に泊まりこんで仕事をして、結果満足のいくものができた打ち上げ。駅近くの、やっぱり安い居酒屋で、先輩方と囲むテーブル。

「とりあえず生で」

一括で注文されてしまえば何も言えなくて、「乾杯!」としたたか打ちつけたジョッキを、先輩がごいごい飲み干すのを見て、わたしもぐいと傾けました。

「美味しい」

あの日からです。

わたしのビールは、あの日から美味しいのです。