ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

世界

「飲みに行こう!」

今でこそ初めましては得意な方だけれど、学生時代は本当にダメでした。どれくらいダメかというと、クラス替えをした年の1学期いっぱい、教室を移動したりお昼を食べたりする特定の仲間がつくれず、3学期でようやく、手放しに学校生活を楽しめるようになるという具合でした。定められた空間で限られた人と人間関係を育まなければならないと、地獄だと信じて疑いませんでした。

 

大人は良いです。

いつでもどこでも誰とでも、選択肢があることを知っています。

大人になったいま、わたしは、自己表現もコミュニケーションもうまくやり過ごせるとわかりました。ただ、学生当時におそろしかったのは、万が一失態を犯し、わたしという存在が貶められたとき、逃げ場がないという綱渡りの状況に、「初めまして」の声を小さく、「おはよう」を目を見て言えず、大きな声で笑うことさえ難しくさせていたのです。

 

学生時代、「クラス」は生きるすべてでした。家庭と部活とアルバイトと、クラス。数えられるほどしかない世界のなかで、その一つを失う可能性は、わたしを常におびやかしました。

けれど、大人になったいま、その世界は広く深く、一時うまく立ち回れなかったからといって、失われるものが必ず取り返せないものかといえば、そんなことはありません。だからわたしは名刺交換のとき目を見るし、二の句に「飲みに行きましょう」と言います。

 

世界は選べます。

それを理解するのに、わたしは20年かかりました。

新学期のこのシーズン、学生時代を思い出して胸がきゅっと窄まるのでした。