ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

救い

「え!?マジで!?」

遠くで先輩の声がします。あわせて、上司の笑い声。わたしは平静を保つふりをして、手元の資料に目を落としました。しばらくすると、ドア1枚隔てた向こうで空気の動く気配がして、話し合いが終わったのだとわかります。先輩はこのあと直帰。顔を合わせずに済むことに、安堵する自分がいました。

 

上司に、計画を打ち明けました。わたしの胸のうちだけで静かに積み上げた計画。挑戦するなら今しかないと踏み出した計画。上司は少し驚いた顔をしたあと、気を悪くしたら申し訳ないんだけどと前置きして「勝算はあるの?」と尋ねました。そんなものがあれば、会社に相談しません。

 

社会を知っている諸先輩方は、この計画をずいぶん無鉄砲に感じられることでしょう。わたし自身、重々承知しています。だからこそ、20代も残すところ半分になった今、決意したのです。

ですから、まさか素っ頓狂な声をあげて驚いた先輩に、そう言われようとは思いもしませんでした。

 

「あいちゃん、あの先輩に、このまえ聞かせてくれた計画、話したよ」

「はい、声が聞こえました」

「あ、ふふ、そうだよね」

 

会議を終えて戻ったわたしに、上司は言います。事務所には2人きり。上司の、愉快そうな軽やかな声がぽつりぽつりとわたしにぶつかって、そのまま床に落ちました。

 

「すっごく驚いていたけど、でも、応援してた」

「え、」

「コロナの影響もあって大変だろうけど、こうやって落ち込んだぶん、これからきっと回復するから。社会は、悪いばっかりじゃないだろうからって。」

 

先輩は、ネガティブに物事を捉える人です。だからこそリスクヘッジが上手くて、尊敬しています。相談もなしに決めた計画に、まあ相談する義理もないのだけれど、それでもやっぱり、どこか後ろめたい気持ちがありました。

ふへへ、と変な声がでて、笑っているんだか泣いているんだかよくわからなくて、上司のふふという笑い声に、救われました。