ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

2021年、夏

平日、夜、仕事終わり。

会社を出ると、西の空が赤と橙と紫になっていました。ふうと息をついて運転席に座って、だらだらと携帯をいじっているうちにあたりはすっかり群青色。ものの10分ほどの道のり、さっさと帰ってしまえばいいのに、さっさと帰ってしまいたいときに限ってこういうことをします。外灯が眩しくて、ようやくエンジンをかけました。

 

駅前通りとは名ばかりで、田舎の道に明かりはまばら。商店はすっかりシャッターを下ろして、赤と青と黄の信号機が目に痛いくらいです。カーステレオからは、軽快なシティポップ。「シティ」の「ポップ」というからには、都会の煌びやかなネオンのもとで聞くことを想定されているのでしょうけれど、田舎の、人もまばらな夜の入り口、赤だけが眩しい信号待ちで聞くシティポップも、なかなか乙なものです。日中、屋外に停めていた車の空気を入れ替えようと、窓を開けました。

 

すると、メロディの向こうから小さな笑い声。

横断歩道の端から、中学生でしょうか、女子が2人やってきます。進行方向50m先にはコンビニ。学校指定のジャージのような半ズボンに、上着はまだ長袖です。1人はショートヘア、1人は長い髪を後ろでひとつに束ねていました。そして、口元にはもちろんマスク。でも、顔の半分が隠れていてもわかるくらい笑顔でした。

 

信号が変わって、彼女たちは横断歩道を渡りおえて、わたしは反対方向の帰路に着きます。

窓から流れ込む風は夏のにおいをはらんでいて、少し冷たくて、少し湿っていました。

2021年、夏。

彼女たちに、この一生に一度しかない夏の夜のにおいを、マスクを外して胸いっぱいに吸いこませてあげられないウイルス禍を恨めしく思いました。