ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

ニコニコマーク

その日は、朝からバタバタとしていました。朝一で取引先に直行して打ち合わせ、帰社次第べつの案件をまとめてメール、その合間に横槍で入ってくる業務を片付けながら、午後に差し掛かると業務終了後に片付けるべき作業を思い浮かべては忘れないようメモ帳に列記します。ああ、今夜も遅くなるだろうか、いや、早めに寝て明日早起きをしようかなんて考えていると、彼女がやってきました。

 

4年前、この地域に来て知り合った彼女。出会った頃は小学生の女の子でしたが、今ではすっかり中学生のお姉さんです。すらっと伸びた身長に面立ちもどこか大人びて、けれど「あいさん」と弾むように呼んでくれる声音はかわらなくて、なんだかわたしはいつまでも女の子扱いしてしまいます。

「わざわざ寄ってくれてありがとう!」

用事があって、部活帰りに会社へ立ち寄ってくれた彼女。以前会った時は伸ばした髪をばっさり切った直後で、どこか見慣れない姿にわたしも彼女もそわそわしてしまったけれど、今回は、短い髪が彼女に似合うように手入れされていました。

髪かわいいね

部活はどう?

もう夏休みなの?

世間話もそこそこに、あまり長く引き止めるのもどうかと思って「じゃあ、今日は立ち寄ってくれて本当に…」と言いかけると、彼女があっ、と小さく声を上げました。

「どうしたの?」

「あいさん、これ…」

青い指定ジャージの左ポケットを探って、わたしの手のひらにのせたのは、レモン味のタブレット菓子。

「えっ、ありがとう!くれるの?懐かしいなあ!」

わたしが声を高くすると、彼女は満足そうに言います。

「よかった、それ、ニコニコマークがついてるんです」

よく見ると、6つで1シートになっているタブレットのうち、1つにニコニコ顔のマークが入っていました。

「ニコニコマークはハッピーなので」

 

朝からバタバタしていた1日の終わり、彼女の笑顔と、ニコニコマークのタブレットの甘さがじんわり身体に染みました。