ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

前向きな退職

「わあ!あいちゃん、髪切ったね!」

大学からの友だちと、1年半ぶりに会いました。コロナ禍で頻繁に行き来できなくなってから、メッセージのやりとりはしていましたが直接会うのは久しぶり。小柄な身体に落ち着いたブラウンの髪をつやつやさせる彼女の風貌は変わっていません。

 

元気だった?ではじまる世間話。仕事のこと、趣味のこと、家庭のこと、暮らしのこと。話していると、わたしと彼女は同じ時期に会社を辞めていたことがわかりました。

 

大変だったね。お互いにね。

辞めようと思ったきっかけ、辞めた日のこと、いま考えていること、これからしようと思うこと。彼女は「前向きな退職」と胸を張りました。その仕草が、なんだか彼女らしくありませんでした。彼女はこんなに、夢や希望に満ちた言い方をする人だったでしょうか。どちらかといえば慎重派で、大事なことは全部1人で抱えて、すっかり決断してから「実は…」と話をするタイプ。それに、いやにまとまっていて「言い慣れた」みたいな言い方です。小綺麗な洋食屋の個室、6人がけテーブル席に対面で座るわたしたち2人は、まるで面接官と求職者のようでした。

 

外気温33度。お店を変えて、とにかく冷たいものが飲みたいとチェーンの喫茶店に入ります。2人してメニューをにらめっこ。わたしと同じくらいメニュー決めに悩むのは、今も昔も彼女くらいです。

 

そういえば、最近あの子と会った?こんどの結婚式ってさ。この前買った化粧品なんだけど。

1年半ぶんの話題は尽きません。いえ、1年半あけなくても、わたしたちの会話は尽きないでしょうけれど。不意に時計を見ると4時間が経過していて「もうこんな時間か」と言いながら、飲み干したアイスコーヒーのグラスを傍にやって水のグラスを引き寄せます。すると彼女は「あいちゃんにしか、こんな話しないなあ」と言いました。

 

「前向きな退職」という言葉は、会って最初の退職の話以来聞きませんでした。でも、退職した今だから考えるさまざまなことを話してくれました。それは紛れもなく彼女の言葉でした。

 

ガヤガヤと周囲の声が絶えない店内で、4人掛けのソファ席は手を伸ばせば彼女に届きました。なんだか大学時代に戻ったようでした。大学を卒業して6年目。彼女とわたしは離れたところに暮らしながら、それぞれに変化を経験しました。でも変わらないものがあります。変わらないからこそ、大切にしたいと思います。