先輩の、ちょっといいこと
「また殺し屋みたいな顔してますよ」
職場の先輩は、顔が怖い。それは、眉が太く目が大きい男性なので目元の印象が強くて、自他ともに認める事実でありました。仕事が立て込んでくると、眉間に皺が寄って目がぎゅっと釣り上がり、口はぐっとへの字に曲がるので、もう誰も声をかけるのも恐ろしいといったぐあいです。わたしも入社してすぐはその状態の先輩に話しかけるのが躊躇われましたが、5年目の今となってはまあ、慣れとは不思議なものです。
「おはようございます」
その日も先輩は、眉が太く目が大きくむすっとしていました。
「おはようございま〜す」
でも、返ってくる声が軽いので、不機嫌ではありません。むしろ、少しわくわくしているようでした。そういえば、鼻をくすぐるコーヒーの香り。さては。
「新しいコーヒー、届いたんですか?」
先輩はコーヒーがお好きで、お気に入りのコーヒーショップから豆を通販しています。職場には先輩が持ち込んだミルやコーヒーメーカーがあって、1日1回、こだわりのコーヒーを振る舞ってくれるのでした。
「今回のは面白いですよ」
そう言って、わたしのカップへコーヒーを注ぐ先輩。有り難くいただいて自席につきました。
昼下がり。そろそろお昼にしようかと、うん、と伸びをすると、先輩がやってきました。
「コーヒー飲みます?」
ちょうど朝いただいたコーヒーが空になっていたので、喜んでいただきます。「少し酸っぱい」と言うと、なんとかって豆の説明をしてくださいましたが、あんまり覚えていません。
午後。仕事がひと段落して、さて次は、とデスクを片付けていると、向こうのほうでチラチラと、先輩がこちらを見ています。
「コーヒー淹れてくださるんですか」
わたしが言うと、眉が太く目が大きくむすっとした顔で、給湯室へ消えていきました。いったい何種類の豆を買ったのかと聞くと、「4つ」。ここまでいただいたコーヒーは3種類ですから、つまり今日は、あと1回コーヒーチャンスがあるのでしょう。
先輩は、顔が怖い。でもまあ、慣れとは不思議なものです。
今週のお題「最近あったちょっといいこと」