ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

クマとじいちゃん

その年最初の雪の朝、街で1番高い展望台の池を、クマがぐるりとまわっていく。冬支度なのか散歩なのか、きんと冷たい冬の朝、まだやわらかい雪に、クマの足跡が残っている。

じいちゃんが教えてくれました。

 

「雪が降った、雪が降った」

事務所にやってくるなり、じいちゃんが言いました。そんなこと、朝起きて玄関から出て車を運転してここまで出勤しているのですから、わかっています。わたしは、足元の電気ストーブを引きずり寄せました。

「あいちゃん、雪が降ったよ」

彼は、事務所近くに住む、カメラが趣味のおじいちゃん。街のあちこちで写真を撮っては、事務所に来て見せてくれます。その日は、雪で白くお化粧した木々を撮った、山の中の1枚。

「綺麗ですね、どこですか?」

「ほら、展望台のところ」

この街で1番高い、山中の展望台。民家が立ち並ぶところから少し車で登るので、用事がない限り滅多に行きません。

「わ、クマでそう」

わたしが身をのけぞらせると、じいちゃんはニヤリと笑いました。

「それがね、出るんだよ。毎年初雪の朝、展望台の、ほら、池のところ。あの周りをぐるっとまわる足跡が、毎年絶対に残っているのさ」

クマも雪が嬉しいのかね、とふんふん頷くじいちゃん。けれどわたしの頭には、別の可能性が過りました。

「あの、それって初雪に限った話じゃないんじゃない?」

果たして、初雪の日に池のまわりを歩くなんて、クマが好んでするでしょうか。犬は喜び庭駆け回り、じゃあるまいし。

「クマは、初雪の日に合わせて池を歩いているんじゃなくて、もともと散歩コースなんじゃない?晴れても雪でも、毎日そこを歩いてるの」

「ということは…」

「じいちゃんは、いつも知らぬ間にクマに監視されているのかも」

そうかもしれない、と笑うじいちゃん。あながち間違いではないでしょうし、笑い話ではすまないでしょう。けれど、カメラに夢中になるじいちゃんと、それを物陰からこっそり見やるクマを想像すると、わたしもやっぱり、笑ってしまうのでした。