ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

お酒を飲めなかった夜

荷物の多い長旅の宿は、ドミトリータイプだとどうにも不便です。じゃあどうしてその日その宿をとったのかというと、飲み屋街にほど近く、宿泊費がリーズナブルだったからです。繁華街の目と鼻の先。少し歩けばぐねぐねとした小路が縦横無尽に広がっていて、そのどれもが飲み屋さんでした。やわらかい明かりがともって、どこもかしこも賑やかな笑い声を漏らしているのです。

でも。

その日から発令された緊急事態宣言。酒類提供は禁止、飲食店営業は20時まで。繁華街を歩くのは、家路を急ぐ地元のひとくらい。わたしのように、飲み屋街への憧れを捨てきれない旅行客が、ふらふらと出てきては真っ暗な小路を名残惜しく覗くのでした。

 

街灯はありません。きっと、いらないのでしょう。店々の明かりが外に漏れ出して、小路の隅から隅まで明るいのでしょう。今その気配はなく、どのお店もしんと鳴りを潜めて、小路に吊るされた提灯だけが、暗く風に揺れていました。

わたしは、小路を歩きました。提灯を見上げながら行くと十字路になっていて、右の道を選ぶとさらに道が先細り、二股道でこんどは左を選び、室外機がびっしり並んだビルの背中を見ながら細い石畳を行くと、ぽつんと明かりの漏れる店がありました。酒屋さんのようで、入り口のシャッターは半分閉じています。そこから漏れる明かりにすがるように猫が2匹座っていて、わたしの顔を見るとにゃんと鳴きました。しゃがみ込んでカメラを向けると、まるで検問でもするかのように尻尾をピンと立ててわたしの膝下までやってきて、熱心にふんふんと鼻を鳴らしてまた、酒屋さんの明かりの下に帰っていきました。

 

飲み屋街で、お酒を飲めなかった夜の思い出です。

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