ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

夏の香り

北海道の左上の冬は、ずいぶん長いです。

8月のお盆を過ぎると、ころころと転がり落ちるように下がる気温。秋を満喫する間もなくやってくる冬は、何をもって「冬」というのでしょう。9月には冬服を出してこないとやっていけないし、10月にはふわふわの冬布団にくるまりたいし、11月には冬タイヤにかえて、12月には雪が降ります。1月、2月、3月と降って降って降って降った雪が、4月ごろからようやく溶けだし、5月にやっと、暖かくなってきたと感じるのです。そうすると、1年の半分は冬のきらいがあります。北海道の左上に暮らすわたしたちは、随分長いあいだ、冬を過ごしているのでした。だから、カーラジオから流れる音楽や、店先に陳列された商品や、テレビの向こう側に感じる季節の香りに、たいそう敏感なのでしょう。

 

映画を見ました。爽やかな夏のひとときを描いた映画。主人公が開け放した、背丈の倍はあろうかという扉から吹き込む風はやわらかく、ゆるくウェーブのかかった髪をさらいます。その風が、彼をぬけて、テレビ画面のこちらまで吹き込んだように感じられました。

朝方の部屋はまだ陽が昇りきっておらず、どこか青がかっています。キンと冷えた室内で、足元のこたつだけがぶうんと小さく唸っていました。いくら古いアパートといえ、ひとりきりの室内に吹き込む風なんてあるわけありません。でも、そのとき、主人公の彼の髪をさらうのと同じように、わたしの頬をやわらかな風が撫でたのでした。深く呼吸をすると、若い草の青っぽいにおいがして、冬の風にはない、太陽の光を含んだぬくもりがありました。胸いっぱいに吸い込むと、はきだす頃には消えていました。

 

北海道の左上の冬は、ずいぶん長いです。わたしたちは1年の半分も、冬の影を感じながら過ごします。だからこそ、夏の香りにはひどく敏感なのでした。