香り
1年くらい前に、好きな広告がありました。
SNSや動画投稿サイトの合間に流れるCM動画。見たことはあるけれど名前を知らない海外の綺麗な女優さんが、表情を美しく変えながら、人として女性として、暮らしを謳歌する映像。それにあわせてプロモートされるのが、ハイブランドの香水でした。画面の向こう側で怒ったり笑ったりする彼女は大変魅力的で、そんな彼女が纏う香りは一体どのようなのかと想像しました。
近くに百貨店でもあれば、そのブランドショップまで赴いて、香りを試したかもしれません。でもここは、北海道の左上。そんなハイブランドを扱うショップなんて、商店街のどこを探してもないのでした。わたしの憧れは憧れのまま、胸にそっとしまっていました。
「これ、つかう?」
小さなアトマイザー。白い側面に印字されたそれは、いつか広告で見たハイブランド。もらったプレゼントの試供品についてきたと、友だちがくれました。
怒るときには眉を顰めはっきりと。
笑うときには口を大きく開けて朗らかに。
誰かを想うときには目を細めて柔らかく。
彼女は、太陽を受けても、月の明かりでも、それを遮るカーテンの向こうでも、鮮やかで美しかった。きっと彼女の纏う香りは、太陽の下でも月の明かりのなかでもカーテンに遮られようとも、印象的で、それでいて嫌味なく、彼女らしく香るのだろうと想像しました。
憧れの香りを纏って出かけます。
白い砂浜でも、純白のオープンカーでも、ふかふかのベッドの上でもないけれど。
彼女のように整った容姿も、魅力的な表情も持ち合わせていないけれど。
それでもやっぱり、髪をすくたび、腕を振るたび、ふりかえるたびにその香りがして、わたしは彼女と同じ人であり、女性であるのだと思い出させてくれます。いつもよりちょっと上向きに、靴音高く歩く道。世界がワントーン明るくなった心地です。