ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

こういう場所を

「暑いね!」

声をあげながら入ってきたその人は、特定の誰かに話しかけたわけではなさそうです。でも誰かしらが「そうだね」「暗幕だもんね」「扇風機はまわってるんだけどね」と返しました。男性も女性も、歳上も歳下も関係なく。

こういう場所をつくりたいのだと思いました。

 

下川町に行きました。

北海道北部・内陸に位置する下川町は、人口3,000人の小さな町。山を越えて市街地に入ると、ギュッと集めたみたいに役場や商店街が並んでいて、店先は明るいけれど人の姿はまばらです。たまに見かける人はみな同じ方へ歩いて行きます。そのさきに、わたしの目的地もありました。

 

月に1度、町の文化施設である木造の旧営林署庁舎を開放して上映する映画。青い外壁に三角屋根の平家造りが印象的で、入り口には暗幕が下がっています。くぐり抜けて中に入ると、大中小、色も作りもさまざまなソファが並んでいて、それらはみんな、暗幕にかけられたスクリーンに向いていました。

映画のない町で、町の人が集うイベントとして開催される上映会。新聞で見かけて心惹かれ、車を走らせました。

チケット代は入り口のカンカンに入れるスタイルのようです。ホールの隣は机や椅子が並んだカフェスペースになっていて、天井から色とりどりの布が下がっていました。上げ下げ窓が開けられていて、そこから入る風の流れが見えます。ぶうんと低く唸る扇風機。オレンジ色の明かりが、暗くなる窓の外とは対照的に、じんわりと浮かびあがっていきました。

 

前から2列目、赤のびろうど生地のソファに腰掛けます。後ろのほうに座ろうかとも思いましたが、そのソファが気に入りました。カウンターで購入したハーブサイダーと手のひらほどはあるクッキーを頬張っていると、少しずつ人が入ってきました。

「暑いね!」

「この前のあの記事、読んだ?」

「今度のイベントだけどさ」

年齢もグループも関係なく、あちこちで起きる会話。映画という目的で集まってはいるけれど、そこで生まれるコミュニケーションはカタチの決められない自由なものでした。こういう場所を、わたしもつくりたいと思っています。きょうこの場所に来てよかったと、映画が始まる前から満足して、ソファのやわらかさに身をあずけました。

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