ほとほとの煮物

お口にあうかどうか

古書店

晴れた日でした。その街にしてはめずらしく、朝からよく晴れていました。店先に出された本が、少し西に沈みかけたオレンジの陽を受けてカラリと気持ち良さそうでした。目の高さくらいまでの本棚には文庫本がギッシリとつめられ、その足元にも「ミステリ105円」の文字が書かれた段ボール。店のガラスを背にして置かれたベンチには、映画のパンフレットのような雑誌のような、薄く大きな本が平積みになっていました。それを見て、この雨やら霧やらが多い街でこうやって外に出される彼らは、夜や天気の悪い日にはちゃんと回収されるのだろうかと心配になりました。

 

古書店に行きました。人ひとりしか通れない通路で、頭のてっぺんから足の先まで本、本、本。店の入り口には現代書もありますが、奥に行くごとに紙の擦り切れたいつどこで売られていたかもわからない本が増えていきます。少しずつ奥へ奥へと進んでいくと

「いらっしゃいませ」

の声に足が止まりました。

 

半ば本に埋もれるようにして、その人はいました。ご店主でしょう。大きなまんまるの眼鏡に豊かな白髪。70代半ばのひょろっとした男性でした。

「こんにちは」

わたしも声をひそめるようにしてあいさつし、また本棚を見上げます。

 

試しに一冊 手にとって、パラパラとページを繰ると古い紙のにおいと手にサラリとした感覚。薄く黄みがかったページは、乱雑に扱えばすぐに破けてしまいそうです。

なるほど、古書とはこういうものか。

本棚の1列目を見終わって、2列目に折り返したとき、ご店主の手元が見えました。本に囲まれて、ピンと背筋を伸ばしながら、手元ではなにやら書き物をしています。本に埋もれてわからなかったけれど目の前にはパソコンのディスプレイが置かれていて、その画面を睨んでは、握った鉛筆でサラサラと文字を書きました。本の値札を書いているのです。

 

価値の高い本ですから、裏にベタベタのシールを貼るわけにいきません。本の内側、最終ページの右上に3、4センチほどの青い紙が貼られ、そこに本のタイトルと価格が、縦長の几帳面な文字で記されていました。ご店主はカウンターの向こうで本に埋もれながら、一心に値段付けの作業をしているのでした。

 

でも、これほど店内に本が溢れているのですから、もうこれ以上本棚には新しい本が収まる隙はないように思えました。足元にも本が平積みにされ、その山のおかげで棚の下段に収められたタイトルが隠れています。けれどご店主は、青い紙を手元に寄せ、右手に握った鉛筆で、サラサラと書きつづけます。ご店主がペンを走らせる動きは、店内に流れるジャズにあわせるように、調子よく軽快でした。

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